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#pragma twice 001 Version 0.1 4月のある朝

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Version 0.1
 4月のある朝

 毎朝8時、私鉄の駅から多くのサラリーマンが歩き出す。駅前に立ち並ぶ
高層ビルの中へとそのほとんどが流れ込む。
 2001年4月18日。
 まだ幾分桜の舞い散る中、背広姿に混じって私服の男女がいる。そして、
背広姿も私服姿も混ざった状態で、50階建てのインテリジェントビルへと
入っていく。
端波君!
 エレベーターの前で、ブレザーにネクタイまで締めた端波 水希(はしは
 みずき)が、黄色とベージュのスーツを着た御神苗 雅美(おみなえ
 まさみ)に呼び止められる。
 水希は顎ほどまでの髪を持ち、背は170を超えるほど、顔にかなりあど
けなさが残る25歳の青年。雅美は長い髪の女性、背は水希より少し下、年
齢は少し上に見える22歳。
おはよう、御神苗さん
おはよう。昨日のレポート助かっちゃった。ホント、端波君の書くコードっ
て、綺麗だと思う
そうかな。仕事でしてたからかな
そっか、端波君ってSEしてたんだものね、TSTシステムで
 2人はエレベーターを乗り換える。
2年だけだけど
2年実戦的なことを学んで、ここで3年勉強すれば、もうエリートじゃな
い、すごいよね
そんなことないんだけどね
 2人は28階で降りる。通路を抜け、IDカードを通して入るその部屋は、
三方を窓で囲む広大な部屋。そのなかをパーティションが仕切り、机3つで
ひとつのグループを形成し、そのグループが部屋全体で6つある。部屋の一
番奥、窓際に置かれた机には、今は誰もいない。
 不意に入り口近くの扉が開いて、2人は振り向く。
静先輩、おはようございます
あ、おはよう。準備はできてるのかな?
 2人は苦笑いし、静 金菜(せい かな)は扉を閉める。右手にコーヒー
カップ、左手に鍵を持って扉をロックする。その奥にはサーバーに直結した
コンソールがあるはず。それを操作できるのは、権限を与えられた金菜だけ。
そういえば、端波君
はい?
 3人は一緒に部屋の奥へと向かう。金菜の黄金色に染まったぼさぼさの髪
はどうしてもバナナに見える。男物のブレザーを好んで着たり、外見には気
にしない方なのかと思えるが、自信を持った笑みと静かな言葉遣い、艶っぽ
い瞳は十分色っぽい。
メールサーバーに50メガのファイルがあって、警告が出てたけど
もしかしてメールボム?
 驚く雅美に水希は心当たりがないという顔をする。
確かに君宛だった。削除しておこうか?
いえ、一応見ておきます。解凍はノートでしますから
ウイルスチェックは通ってたから、ここででも大丈夫でしょ。でも今日中
に削除してね
 金菜は別れて、自分の机へと向かう。2人は自分たちのグループへと向か
う。
なんかヤダね
うん、でも本当に心当たりないんだけど……。まぁとりあえず見てみるか

 ひとつのグループは、という字の形にパーティションが切られてい
る。3分割されたそれぞれにL字型の机があり、すべての机にネットワーク
に継ながれたPCが置いてある。水希と雅美は同じグループ、隣同士のパー
ティションに入って、PCの電源を入れる。
 少し古いOSが立ち上がり、常駐アプリケーションがメールの着信を知ら
せて旗を掲げる。メーラーを立ち上げ、サーバーからのダウンロードを開始
すると、一度ダイアログが表示される。
<このメールには1メガバイト以上のファイルが添付されています。
 削除しますか?>
 NOを押してダウンロードを開始する。その間にプレゼンテーション
用の資料をまとめる。全30ページのpdfを1枚1枚じっくりと読み、誤
字脱字を洗い出す。その間にダウンロードが終了する。
 メールは確かに水希宛。52メガバイトのExeファイルが添付されてい
る。本文は空、マクロやスクリプトのようなものもない。差出人のアドレス
は……[email protected]……。
富士の測候所……かな
 ヘッダーの情報も間違っていないように見える。でも知り合いはいない。
踏み台にされちゃったのかな。面倒だなぁ
 簡単な確認用のメールを書いて、返事として送る。特定のサーバーに侵入
された形跡があるばあいには、さらに他のサーバーへと侵入するために利用
される場合があるため、こういった連絡は必ずしなければならない規則になっ
ていた。
端波君、もう行かないと間に合わないよ?
うん……ま、こっちはとりあえずいっか
 水希はディスクを取り出し、OSを閉じて雅美と共に部屋を出た。
 28階の、共同研究室とは反対側にあるいくつかの部屋の中でももっとも
大きい部屋に、先ほどの部屋にいた13人全員+数人がテーブル付きのイス
に座り、ノートパソコンのモニターやOHPシートを何度も見返していた。
どうだ、できてっか?
 すでにイスに座っていた近藤 透(こんどう とおる)が2人を見上げて
言う。カジュアルデーに着るような明るめのスーツを身につけ、短い髪と細
い目を2人に向ける。
私はまだちょっと。端波君はもちろんできてるけど
そりゃ端波様はできてるだろーな、エリートさんは
 嫌みたっぷりに言いながらも冷や汗をかきながらプリントアウトを何度も
見返している透、同じく液晶ディスプレイを真剣に見つめつつぶつぶつとス
ピーチの練習をする雅美を見れば、嫌みも言われて当然かもと端波は苦笑い
して、液晶ディスプレイのドキュメントを見流していた。
 マイクを叩く音がして、全員が注目する。壇上にはシャツとジーンズ、帽
子をかぶった30前の青年が立っている。その背にあるモニターが点き、灯
りが消える。
では本年度第一回 Self-ability presentation を行います。前期の方針
を決める重要な場です。それに、1年生にとっては先輩や教官に自分をアピー
ルする絶好の機会です。知っての通り……
 青年はニヤリと笑った。
ここの先輩や教官には企業から送られてきてる方も大勢いますから、今日
失敗したら、まさに一生を棒に振りかねないですねぇ
 静かな笑いが起こる。
(端波君もそういうのなの?)
(え、あ、うん……。)
 小声で訊く雅美に、水希は苦笑いで答えた。
では、Aグループ、星野君から



 透と雅美は、ブリーフィングルームから真っ先に出てきた集団の中にいた。
雅美は肩を落とし、透はその脇を冷めた顔で歩いている。
そんなに落ち込むことかぁ?
もう、ダメのダメダメよ。一生棒に振ったかも……
んな大袈裟な
 透は後ろを振り返ってみる。先ほどの部屋には、プレゼンテーションの内
容に関するディスカッションを続けていたり、特定の相手とメールアドレス
を交換したりといった、まさに一生を決めるやりとりが行われていた。
端波のヤロー……
ホント、端波君ってすごいよね。私、言ってた事全然解らなかったもの
確かに Pascal で行列の計算、なんてのとは格が違うだろうけどな
……ケンカ売ってんの? あんただって、ウィンドウに円描いてただけ
じゃない
でもそういうのって大事だと思うよ
!!
 いきなり現れた水希に、2人は退ける。
僕は設計方面が好きだから、実装は苦手なんだよね。だからそういうので
きないってこと、ごまかしたりしたし
お前……もっとコネとか作っとけよ、将来オレも利用する予定なんだよ
ずるい、あたしもー
でもあそこにいた人達って、ほとんどうちのフロアの人でしょ? だった
らこれから何度も会うんだし
……
 呆然としてる2人を縫って、水希は先に部屋に入る。
それに、さっきのメール確認しておきたくって
メールって?
 という透の声を遠くに聴きながら、水希は自分のPCの前に座る。なぜか、
このメールのことが無性に気になっていた。このサイズでただの実行ファイ
ルということはないだろう。ウィルス系ではないみたいだし、自己解凍方式
のアーカイブ、というのが妥当かな。でも単にメールボム用で、自己解凍方
式なんて使うかな……。Exeでってことは、こっちのクライアントがウィ
ンドウズだって事を知ってるってことになるけど……。
 水希は先ほどの苦笑いした状況を思い出してまた苦笑いした。もしこ
れが綿密に仕組まれたことならかなりの技術が要るはずだから、あの2
人は却下できるとしても、このフロアの人からってことは十分考えられるか
も。
 ため息ひとつついて、メーラーを眺める。なんか、めんどくさくなっちゃっ
たなー。会社からこっち来て、特に目的もなく勉強して、メールボム食らっ
て、ついてないなー。
 ホント、ここで何やってるんだろう、僕……。
 ぼうっとした目で見ながら、手がマウスに伸び、カーソルを合わせて、ダ
ブルクリックした。添付ファイルが実行され、解凍が始まり、テンポラリファ
イルが生成されていく。
…………ん……!?
 はっと我に返って、現在の状態、自分が無意識下にしてしまったことを知っ
て愕然とする。
どうしたんだ?
な、何やってるんだろう僕
 不思議そうにのぞき込む透と雅美に挟まれて、動揺しつづける水希。解凍
がスタートしているのに、キャンセルするボタンがない。
勝手に解凍しちゃって……勝手じゃないんだけど……とにかく止めないと
 右手が ALT と Ctrl を押し、中指が Delete に延びる。
でも、静先輩はここで解凍しちゃっていいって言ってたんだし、いいんじゃ
ない?
 その言葉が、中指を止めた。
……でも、スタンドアローンのPCで解凍して、怪しそうなら再セットアッ
プするのが礼儀なんじゃ
解凍終わったぞ
 優柔不断に迷ってる間に解凍は終了し、インストーラーが実行される……
と思われたが、見慣れた Install Shield のスプラッシュスクリーンは表示
されず、その代わりに画面の中央に小さなダイアログが表示された。
 常駐時計のような小さなダイアログの中には、少女の顔が表示されている。
猫のような細い瞳、前髪の向かって右半分が顔にかかるように垂れ下がり、
左半分が上へと跳ね上がっている。髪の毛全体が真っ赤に染まった、頬の柔
らかそうなアニメ絵調の少女のビットマップが貼られていた。
 3人は黙ったままそれを見つめていた。代わりに、
あれ、カメラないんだね。端波 水希クンのパソコン、情報通り! じゃ、
ちょっと居心地良くさせてもらうね
 と、スピーカーから音声を発した。確かに少女の声だった。甲高い子供の
声に合わせて、ダイアログ上の少女もアニメーションした。
 どこかでベートーベンの運命が流れ、その発信源になっている携帯を
持って金菜がサーバールームへと走る。3人がそれを目で追う。
あ、データサーバーにまだ解凍してないファイルを置かせてもらってるか
ら。別に変なことはしないから大丈夫だよ
 ふたたび声が出て、3人はモニターを向く。
 水希は付属していた申し訳程度のピンマイクを口元に近づけて、訊いた。
……君、誰?
さあ
 小首を傾げる少女に、ただただ呆然とする3人。サーバールームからは、
運命のメロディと金菜の悲鳴が鳴り続けていた。

/*
    Preview Next Story!
*/

さて、私は何のために来たのか!! 私はいったい誰なのか!? それは
来週見ても分かんない
分からんのかい!!
実際のプログラミングについて触れるのはその次の週! それまで待って
てね
これって次回予告なんだけど……
というわけで次回は、
 <Version 0.2 4月のある朝、のつづき
とりあえず読んでみてね
私の載ったこのメール、いつかあなたに届くかも……
って届いてるっちゅーねん
 
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このページは、Visual C++ 6.0を用いた C++ 言語プログラミングの解説を行う#pragma twiceの一コンテンツです。
詳しい説明は#pragma twiceのトップページをご覧ください。